Podcast Lab

アワノトモキの「読書の時間」

ep50-2 『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝さん)/「性的」と「エッチ」の境界線、公共空間の“飯テロ”とペルソナの崩壊

2026/2/1521分

エピソード再生

0:000:00

エピソード概要

本文:<今回の選書>・『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝) こんにちは、ホシノです。今回から、難波優輝さんの著書『性的であるとはどのようなことか』をテーマにお話ししていきます。 導入は、昨今のSNSで度々議論になる「広告やパフォーマンスの炎上」について。公共の場にあるキャラクターや、紅白歌合戦でのちゃんみなのパフォーマンスは、なぜ「性的だ」として批判され、一方で「表現の自由(あるいはエッチさ/エロティック)」として擁護されるのか。そのすれ違いの構造を、本書の定義を借りて整理します。 著者はまず「性的なもの」を「性行為・性器・興奮」に関わるものと定義します。しかし、それとは別に美的判断としての「エッチさ(Erotic)」が存在すると指摘。議論が噛み合わないのは、この「事実としての性的」と「価値としてのエッチ」をごちゃ混ぜにしているからかもしれません。 さらに話題は「なぜ公共空間の性的表現は不快なのか?」という核心へ。ここで登場するのが「1階の欲求(食べたい)」と「2階の欲求(食べたいと思いたい)」という哲学的な概念です。深夜の「飯テロ」と同様、自分が望んでいないタイミングで本能的なスイッチを押されることへの不快感、そして「良き父/母」などのペルソナが崩されることへの困惑について分析します。 理屈で整理されると、モヤモヤしていた感情の正体が見えてくる気もしてきました…! 次回は、谷川俊太郎の衝撃的なタイトルの詩を入り口に、さらに「エッチさ」の深淵へと潜ります。

外部で聴くApple Podcasts